芸達者、秋田人。

Urushi Rebel

Mutsumi Takahashi

向き合い
続けられるのが、
漆だった

秋田県 美郷町

星耕硝子」を後にし、夏の日差しを目一杯に浴びる仙北平野の田園地帯を南下、秋田県美郷町に入る。ナビが指し示す目的地に到着すると、木々に囲まれた涼しげな日陰の中に佇む、新しめの一軒家が見えた。その向かいには、同時期に味噌蔵をリフォームした「夢積工房」が控えている。この工房で漆を手掛ける髙橋睦さんの出迎えを受けて、まずはご自宅でお話を伺うことに。

酷暑と言ってよい真夏日に、髙橋さんのご自宅は冷房の必要がない。広々としたリビングには、開け放った窓から風が優しく通り抜けていき、心地よい涼しさがあった。その窓の向こうには水田が美しく広がっている。響き渡る蝉の声が、かえってこの土地の持つのどかさを強調している。

髙橋の自宅に隣接する製作工房

髙橋さんはこの場所で生まれ育った。秋田公立美術工芸短期大学(現在は秋田公立美術大学)で漆を学んだ後、岩手県の安比で研修を受け、実家でお椀や箸といった日用の漆器の制作を開始。感性を存分に込めた仕事でありながら、日々使われるものを生み出すというぶれない姿勢は、漆の作家と呼ぶべきか、職人と呼ぶべきか。木地以外のすべての工程を一人で担うため、「両方の面が必要になってくる」という。

ここに来る前に「星耕硝子」を訪れたことを告げると、元々は、ガラスへの興味から短大に進学したことをざっくばらんに話してくれた。

高校卒業後の進路をどうするか考えるときに、何かをつくる仕事をしたいなとは思っていました。パソコンの前で数字や文字を打ち込んだところで、末端を担っているだけでは「これが自分の仕事だ」と実感できるのか疑問があって。父が大工というのもあるかもしれません。当時、ガラス職人の事はテレビでもよく見るし、花形で憧れがあったので、ガラスをやりたくて工芸の短大への進学を選びました。

短大の初年次は3つの素材を選ぶことができたため、ガラスの他に彫金と漆を選択。「とりあえずやったことのない素材をやろう」とシンプルに決めた。結果的に、自分に合った素材として漆を選ぶことになる。

ガラスはずっと動き続けるものだから、タイミングを逃さない決断力が求められます。そのリズムの速さと自分のスピード感が合わなかった。彫金は彫金で、削った分だけそのまんま自分が出ちゃう。漆の場合は、乾くのを待つ必要があるから、その間に絵付けの事とか考えていられる。天候によって漆の状態も変わるという点で自然に任せる部分もあり、単純なようで難しいのが自分に合っているかなと。これがまた陶器になると、かえって自由度がありすぎる。漆なら、器という枠があるので、その枠の中で暴れまわる方が自分は向いているみたいで。

憧れに囚われることなく、素材の特性と、自分との噛み合わせの良さを見極めている。自分の性質や感性を、冷静に把握しているということだ。つくるプロセスに思い入れがあるから、「売るためにつくるのではなく、つくり続けるために売る」という考え。漆が大好きか、と言われれば、それも少し違う。

うまくいかないから、つくり続けたいと思えるんです。逆に、すぐできるようになったら、すぐ飽きると思う。100%失敗しないまでになったら、多分漆を辞めます。でも、多分そこはたどり着けないゴールなんですよ。

自己表現を第一とする作家像でもなく、ストイックな職人像でもなく。自分がより自分らしく暮らし生きるための手段として、偶然に出会った漆と関わっている。自他共に納得のできる仕事を意識する一方で、「ああだこうだ説明しなくても、見た人が何かを感じ取って買ってくれるのが一番嬉しいかもしれない」。彼女は、もちろん自分の漆器を多くの人に使ってほしいと望んでいる。が、制作に向けた情熱の源泉は、自分の手に馴染む手仕事に没頭するその瞬間にありそうだ。縁あって母校である短大で助手をしていたときは「私を目標にしちゃ駄目だから」と学生に話していたというが、その熱量にはむしろ学ぶべきことばかりではないかと思う。

制作を始めてからは、岩手の研修先を訪れる度に木材の端材置き場を見に行って、何か使えるものないか漁っていました(笑)短大に行っても、木工コースに立ち寄って「いらない木材ないですか?」って。ブローチとかの材料になるんで。個人でそうした木材まで買っていられないし。

漆の制作活動のために、できることはする。高校3年になるまで美大に行くことを考えていなかった髙橋さんは、デッサンを練習するために、「いきなり美術部に乱入して、絵を教えろって、半ば荒らしに行った(笑)」そう。エネルギーの注ぎ先が明確で、ためらいがない。

実際に、工房で作業工程の一部を見せていただいた。漆に詳しくはなかったが、確かに、ガラスとは時間感覚がはっきりと違うことが見て取れた。漆器が完成するまでの間には、木地に下地をつける作業に始まり、下地の凹凸を研いでから、漆を5回ほどに分けて塗っては乾かすという流れがある。これらを一人で行っている。漆は表と裏に分けて塗るため、1回の塗りは2日がかり。さらに上塗り(最後の塗り)はホコリやゴミに厳重に注意を払う必要があるため、塗りの前に、刷毛からちりが一切出なくなるまで1時間以上も洗うという。この途方もない作業を見知ってから改めて彼女の漆器に注目すると、そこに秘められた仕事の質と量に思わずため息が漏れる。

短大で助手をしていたとき、金属を手掛ける人に漆の塗る工程を教えたら、「茶道みたいですね」と言われたんですよ。最短の手さばきで、無駄なくどう動くかを追求してきた技術だからでしょうね。

絵付けも髙橋さんの漆の特徴の一つだ。輪島塗のような蒔絵とはまた違う独創性に、心惹かれる趣がある。幾何学的な模様を描いてみたり、玄関に並ぶサボテンに着想を得て器に落とし込んでみたり。伝統工芸の継承というしがらみがない故に、漆器という形式の制約の上で、彼女の感性と芸が自由に踊っている。誰に言われるともなく自発的に働きかける喜びに満たされた生業だと理解した。そして、それは生まれ育った豊かな土地で、家族と共にある生活によって成り立っているということも。

自らが欲する状況を求め形づくることに妥協もためらいも挟まず、真っすぐに生きる。時にはその姿に圧倒されながらも、確かに勇気づけられた自分がいる。「芸達者」を巡る旅の軌跡は、「Spontaneous entrepreneurship」の輪郭を粗く浮かび上がらせるものとなった。そのディテールを描く作業は、もはや自分自身の手に委ねられていることを悟る。そう、「芸達者」の面々が自らの生き方を自らつくり出してきたように。

肩書きは?

分類がわかりませんが、「変態」であるのは間違いないと思う。

自分が創造的になれる環境は?

季節の移ろいや自然を感じられて、篭れる場所。

生業(仕事)と生活(暮らし)の距離は近い?

近いですね。

やりがい、手応えはどこから?

無心で作業が出来たとき、かな。

髙橋睦 / Mutsumi Takahashi。秋田県美郷町出身。秋田公立美術短期大学で漆に出会い、卒業後は岩手県八幡平市でさらに技術と感性を磨く。2010年より、『夢積工房』として、国産漆を用いた日常使いの器やカトラリーの制作を開始。丁寧に重ね塗りされた漆の上品な質感と、その上に施される絵付けは遊び心に溢れ、独特な味わいがある。2013年に高岡クラフトコンペティション入選。個展、企画展、クラフトイベント等で幅広く活動する。

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