芸達者、秋田人。

Indie Style Producer

Nobutaka Oumi

妥協しろ
と言われても、
今更できない

秋田県 横手市

「あら、あんた、髪を切りに来たの? ここのお店の人はちゃんとしてるから、約束しているならもう間もなく来るはずよ」。お話しを伺う予定の美容室の前に突っ立っていると、通りすがりのおばあちゃんが声をかけてくれた。小雨のぱらつく秋田県横手市。横手駅から5分ほど歩くと、路地裏の住宅が立ち並ぶ中に、一目では何の店かわからない建物が見えてくる。正面から見ると1階部分に入り口が3つあり、2階にもテナントが入っているようだ。

程なくして、「hair rest ChouChou」オーナーの近江伸隆さんが車で現れる。その出で立ちは、一般に認知される美容師のそれとはだいぶイメージが異なっている。服装や髪形も含めて、いい具合に力が抜けていて、オープンな印象を受ける。長く接客業をされている割に、対応に事務的な感じがないのだが、お店に立つときもこのままのキャラクターなのかもしれない。

10年前に自分たちで古い空き店舗をリフォームし、このお店を構えることになったというその経緯をまず伺った。もともと、20代のころから独立を考えていたというが、なぜ、この場所なのか。

自分の中に、ラモーンズみたいなパンクロックに通ずる反骨精神があるんですかね。最初は「こんな路地に店を出して誰が来るんだ」と言われましたけど、俺の中では「国道沿いにある店の安っぽさ」というものがあるとずっと思っていて。だから、この細い路地で戦おうと。「路地裏に一本入ったラーメン屋の角を曲がったところ」って書くと、吉祥寺感がありませんか(笑)

今では秋田県内で人通りの少ないところに店を構えるケースは珍しくないが、10年前には前例はないに等しかったという。その意味で「hair rest ChouChou」は先駆けだった。開業当初は「1人もお客さんが来なくてずっとYouTubeを見ていた」日もあったとか。それでも、方針を曲げることなくこの場所で「戦い」続けている。

「好きな仕事ができていいな」「自分の店を持てていいな」って言われるんですけど、自分の仕事場が欲しかったわけじゃないんですよ。自分の空間が欲しくて、結果的にそれが仕事場になった。お母さんと一緒に寝ていた子どもが、ある日「自分の部屋が欲しい」と言い出すのと同じです。自宅は子どもがいるので、自分の好みのものだけを置けるのがここなんです。この店は俺の聖域、サンクチュアリなんで、家族だろうがなんだろうが、別物として考えておきたいんですよね

これまで生きてきた中で出会い好んできたもの、自分のこだわりだけを集めた「聖域」をつくりたい。当然、自分自身もまた、その場に相応しくありたい。美容師、美容院はこうあるべきというイメージには与したくない。看板も目立たせることはせず、チラシも一切まかない。お客さんから求められなければトリートメントを勧めることもしない……。近江さんの10年間は、単に美容師の独立ストーリーとして語るにはもったいない気がする。「何と戦っているって、己ですよね」という自覚を持って、自分のこだわりを貫き通すことと、経済的に成り立たせることのせめぎ合いに挑んでいる。

すべては結果論だと思っているんですよ。お客さんが来ないことには店はやっていけないけど、プライドだけでも家族を養ってはいけない。そこに対してはある程度の覚悟はあります。「ここ以下には成り下がらない」と自分で決めたラインがあって、そのラインを割らないように頑張っている。

一方で、来てくれたお客さんにこだわりを押し付けることもしない。89歳のおばあちゃんの髪も切る。お客さんを選ぶこともしない。自身を「現実主義者」と評する。

仕事をすることとクリエイティブであることは別だろうとは思ってます。ブライダルの仕事もしているんですけど、あるとき頬骨の出っ張りを気にするお客さんがいて。前髪でそれを隠すようにしたいと言うので俺はその通りにセットしたんですけど、式場のカメラマンさんが胸ポケットからコームを出して前髪をどけちゃって。お客さん、はっとした顔してて。「結婚式の写真はこういうもの」という流儀があることは否定しないけど、お客さんの要望よりも感性を優先させる人をプロとするなら、そこまでじゃなくていいかなあって。

結果的にこの場所で10年間営業し続けられているのは、近江さんのこだわりと仕事に対する哲学がお客さんに受け入れられたからだ。「やってみないとわからない」という言葉を図らずも自ら証明したことになる。その経験があるだけに、「秋田には、可能性しかない」という見方をする。

東京で新しい事業を始めるのは相当ハードルが高いんじゃないですかね。どの業態をとってもないものはないし、資金も必要だろうし。秋田だったら、下手すれば150万円くらいあればお店を始められるんですよ。もちろん、人口が少ない分、始めてからのハードルが高いんですけど。

彼の周囲には「普通の人があんまりいない」という。「hair rest ChouChou」の2階には全国に展開するアパレルブランドが入っている。インタビュー中に店の前を通りかかった人は、名古屋から移住して本屋を始めたのだとか。「ここを始めないと知り合えなかった」仲間たちの間では、この辺りを「プチトウキョウ」と呼んでいるそうだ。東京に対する健康的な憧れ。仕事の関係で上京するときは、東京ならではの尖ったショップを訪れては刺激をもらっているという。

東京からいいものだけ持ち帰ってきて、とんでもない店を始めるような人が出てこないか、勝手に期待しているんですよ。「どうやって食ってるの!?」みたいな店に、「やられた!」って嫉妬したい。ここにいると、なかなかやられないから。

気分でページをめくり、店内に飾っている古本の写真集

「路地裏に客は来ない」、「美容師はこうあるべき」、「田舎はつまらない」……。ステレオタイプを一つひとつ壊して、自分の生き方を、生活と生業の枠組みを自分で決める。たとえ前例がなかったとしても。それはもしかしたら、アーティストに近いのかもしれない。お店の並びの空いたスペースは、近々ギャラリーにするという。「“俺の子ども展”をやりたいんですよ、子どもがシールをべたべた貼った椅子とか展示して」。こんな「芸達者」がいる町は、間違いなく楽しい、と思う。気が付けば、横手駅への復路を歩きながら、きょろきょろと町の様子に目を向ける自分がいたのだった。

肩書きは?

一回目はハードルが高いけど二回目からはすぐ会いに行ける美容師を目指してます。

自分が創造的になれる環境は?

近隣が静か過ぎずうるさ過ぎない無骨な鉄骨造りの町工場。常々、こんな場所で仕事をしたいなと。

生業(仕事)と生活(暮らし)の距離は近い?

生活の為に仕事してるのに、生活では得られない事を求めてしまう。1番近くて1番遠いですね。

やりがい、手応えはどこから?

リピートしてくれたお客さんからの「気に入った」「友達に褒められた」という生の声に手応えを感じます。

近江 伸隆 / Nobutaka Oumi。秋田県大仙市出身。横手駅近くの住宅街の空き店舗をリノベーションし、2008年、28歳のときに「hair rest ChouChou」を開業。店舗のWEBサイトには、シンプルにこの言葉だけが綴られている。「create a “hairstyle” bleading everyday あなたの日常に溶け込むヘアスタイルをご提案します」。

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