芸達者、秋田人。

Creative dealer

Ryohei, Naoko Takahama

木都と木の実の
運命的な出会いを
手繰り寄せる

秋田県 能代市

秋田県能代市のナッツとドライフルーツの専門店「wara no bag(2018年9月より店舗名を木能実(きのみ)に改名)」は、店構えからして穏やかで飾り気のない雰囲気をにじませていた。看板商品は「黒糖マカダミア」。オイル感溢れるマカダミアナッツに黒糖の優しい甘みがマッチする、こだわりの逸品だ。東日本大震災の約半年後に、「もう好きなことをしよう」と、商品の製造を担う高濱遼平さんが神奈川県小田原市で開業。その後、奥さんの奈保子さんが合流し、2017年9月に彼女の実家である能代市に移転している。お二人とも、自然体で力が抜けており、なんというか、自分の足でこの土地にすっと立っている感じがする。

素朴に思うこととして、専門店を田舎で成り立たせるのは、都市部よりもハードルが高いはず。それでもこの地に移るという決断に、だからこそ興味があった。きっと、そこには、遺憾なく発揮された感性の産物が、その土地の人々に受け入れられ馴染んでいく幸福な現場がある。実際、お年寄りから小さな子ども連れの人、高校生まで、幅広い層の来店が県内各地からあるという。地元で改めて店を構えようと決めた理由について、投げかけてみた。そもそも、大学時代から地元のものへのこだわりがあったという。

奈保子:小田原の店舗は本当に狭かったので新しい機械も入れられない、だから新しい商品もつくれずに現状維持のままになってしまうなという懸念がありました。あとは、やっぱり、地元の食材や器を使い、地元で商品を創るということをやりたかった。東京とか関東って、いろんな店がすぐ立っては消えて、また違うブームが生まれて、という感じでやっぱり回転が速いので、それなら、別に私たちがここにこだわらなくてもいいのかなって、思いましたね。

もう一つ、「私はおばあちゃん子なので」という言葉に続けて、大事な想いを話してもらった。

奈保子:やっぱり実家で、おばあちゃんと一緒にいたいなって思ったんですよ。おじいちゃんが亡くなったそのとき、私は小田原にいたんです。何をやっているんだろう、死に目にも会えないでって思って。能代に移ると遼平さんは親元を離れてしまうし、申し訳なかったんですけど。

もちろん、能代に移転してうまくいくのか、不安はあった。しかし、「小田原の経験があったから、どこでもやっていけるなという自信はついた」と遼平さんは語る。奈保子さんも「小田原のお客様やお取引様のおかげで今がある」と振り返る。移転を前に、まずは奈保子さんのお母さんが働く美容院に商品を置いてもらったり、能代市内のイベントに出店したり、商工会や市役所に相談したりと、できることを着実に積み重ねていった。その反応を見て、最大の不安であった商品価格も、小田原時代の設定を維持する方向で移転。ギフト需要の掘り起こしやドライフルーツのメディア露出増も手伝って、当初の懸念はクリアされ、むしろ移転後の方が「移転前と比べものにならないくらい」売り上げが伸びたという。競合が少ない中で「店に来て買ってもらえるようになった」のが大きな要因だった。

遼平:秋田の県北部って、あんまり来る機会がないという人が多いんですよ。この店に来てくれることを一つのきっかけにして、能代の他のところにも足を運んでもらえたら、すごい嬉しいことですよね。

店舗単体の経営のその先のビジョンを真っすぐに見ているのが、高濱さん夫妻らしい、と感じた。ここでどんな理想の生活と生業を描いているのだろう、と話を向けてみると、「うーん、理想ですか……」と考え込む。少しの沈黙の後に語られた理想像の主語は、「能代」だった。

奈保子:理想というか、できればいいなと思っているのは、能代の街中で、みんなでマルシェとかいいなあって。近隣の飲食店の方もすごくいい人たちだし、能代駅前の大通りが盛り上がれば、もう能代はOKって感じがするんですよね(笑)駅の周りでうちのナッツを使ったカフェなんかできたらいいけど、誰か一緒にやれないかな。

遼平さんの「趣味100%」なこだわりが注がれたナッツとドライフルーツづくり。そこに奈保子さんがマーケティングや経理の観点を持ち込み、女性目線でギフト用のシールなどを提案していく。夫妻で「真逆」の性格というが、むしろお互いに補い合っているよう。二人の口からは大山まさとさんや湊哲一さんの名前も出てきた。「wara no bag」での量り売りイベントには大山さんのパクチーが登場。湊さんが手掛けた什器は店舗に木の温もりを添えてくれる。自分たちの生活と生業が満たされていて、だから人が惹きつけられるし、共感する仲間ともつながり、自分たちが生きる土地へと自然に目が向けられていく。そんな印象を持った。

遼平:今の生活に足りないものって、あまりないかもしれませんねえ。小田原にいた頃と比べたら、すごく、幸せが高まっています。空気と水が美味しいところですし。

奈保子:それが一番ですよね。水と空気ですね。あえて言えば、もっとゆっくりする時間があればっていうぐらいかな。

遼平:商品も絶対いいものができるし。お風呂に入ったときの水の感触でさえも、関東にいた頃と比べて「こんなに違うのか」って。いやあ、これは幸せだわあ、ここに住んでいる人たちはって、思いますねえ。

素直に自分たちを満たすものを受け取る感受性を持っている二人。力まずしなやかに営みを築き上げてこられたのは、何らかの意識づけの賜物なのだろうか。遼平さんが、一つのキーワードを提示してくれた。

遼平:ここまで来るのにも、ほんと行き当たりばったりだったんですよね。知り合いのミュージシャンが「行き当たりばっちり」って言っているんですけど、まさにそんな感じで。なんというか、いつも空っぽでありたいなあというのが一つのテーマなんです。そうすると、いいもの、いい出会いが自分の周りに集まってくるというか。小田原で店を始めたときからというもの、何かあってもその都度人に救われて、どうにかこうにか続けられたという感覚があるんです。

もしかしたら、運の良さというのは結果論なのかもしれない。まずは、自分の意思で一歩を踏み出す。そうすることで、周囲からの何らかのレスポンスが生まれる。それらを「空っぽ」の状態で、フラットに受け取ってから、次につながる機会となるピースを拾い上げていく。その繰り返し。高濱さん夫妻は、巡り合わせを自ら呼び込んでいる。この能代という土地にも、運命を感じたそうだ。

奈保子:たまたまなんですけどね。オープン前に気づいたんですよ、「木都」と呼ばれる能代で、木の実であるナッツやフルーツを扱うんだって。だから能代はぴったりだなって思ったんですよ。

遼平:日本中のいい木材が集まってきていたんですよね、築地みたいに。豆皿をくるみの木でつくって、そこにくるみの実を載せてとか、いいですよね。

能代というまちの知られざる魅力の語り手という役割をも担い、生き生きと暮らし働く高濱さん夫妻。試食させてもらったものは、どれも、食べ飽きない自然な味わいだった。この二人の仕事であると納得のいく質の高さ。生き心地の良い土地で、丹精込めて育てられたものを素材に、趣味的にとことん探究できる対象と向き合える環境がある。それは確かに理想的なことに違いない。高濱さん夫妻をはじめとしたプレイヤーが有機的につながっていく様子も見て取られ、この能代の地を再訪したいという気持ちが自ずと湧いてくるのを感じる。こうして人は、まちに引き付けられていくのかもしれない。

肩書きは?

奈保子:代表。

遼平:つくる人。

自分が創造的になれる環境は?

奈保子:自分の部屋(経理事務所兼POPやWEBの作成)

遼平:店の工房や、旅先、人と話している時

生業(仕事)と生活(暮らし)の距離は近い?

奈保子:実家の敷地内なのでかなり近いです。

遼平:趣味100%が仕事になっているので、仕事と暮らしの区別が無いです。

やりがい、手応えはどこから?

奈保子:能代や秋田の農産物を商品化して、生産者さんやお客様が喜んでくださること

遼平:自分が作った商品を美味しい!と買ってくれる。これほどシンプルに嬉しいことはないです。

高濱遼平, 高濱奈保子 / Ryohei Takahama, Naoko Takahama。それぞれ、栃木県と秋田県能代市に生まれ、大学時代に出会う。3.11を機に、夫・遼平がナッツ&ドライフルーツの専門店「wara no bag」を神奈川県小田原市で起業。のちにお土産品卸会社やエステ店を経た妻・奈保子が合流する。2017年に、奈保子の実家の敷地に「wara no bag」を移転。2018年9月より店舗名を木能実(きのみ)に改名。様々な異業種とのコラボレーションや、秋田産のドライフルーツづくりなど、積極的に手掛けている。

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