芸達者、秋田人。

Culture fermentator

Yasushi Takahashi

創造性が
溢れ出るまで、
美学を貫く。

秋田県 湯沢市

正面から縦に長くそびえる建造物は、一目見て、蔵と分かるものだった。「ヤマモ味噌醤油醸造元 / 高茂合名会社」、その7代目に会うのが今回の目的だ。ここから歩いて数分のところには、沓澤優子さんの「ももとせ」がある。グローバリゼーションと資本主義の浸透する世の中で、生活と生業を自らの手元に手繰り寄せ、内に秘めた感性に身を任せながら芸を培い、しなやかに凛として己の生命を全うする人たちが、この秋田にはいた。彼・彼女らを「芸達者」と仮留めし、その多様な営みの繰り広げられる現場で、当事者の言葉と振る舞いに触れながら、その輪郭を描こうという試み。その旅の始まりの地である湯沢市岩崎に再び足を踏み入れている自分がいる。これもまた、何かの巡り合わせなのかもしれない。そんなことを思いながら、味噌醤油蔵の中に入っていく。

はっ、と息を呑んだ。美しいショーケースがまず目に飛び込む。近づいてみると、並べられた品々はこの蔵でつくられたものと分かった。デザイン性の高いボトルやパッケージの数々は、後にグッドデザイン賞に選出されたものだと知ることになる。続いて、入り口を背にして右手側に、一分の隙もなく設えられた洋間と、その窓の向こうで厳かに佇む庭に目を奪われた。その和と洋のギャップは、違和感よりもむしろ素朴な感動を呼び起こすだけの凄みを有していた。7代続く伝統ある蔵、というイメージが途端に揺れ動いていく。「わかっている」かつ「手を動かしている」人の仕事だ、ということを直感した。そして、明らかに、その目線が海を隔てたその先に向いているということも。

個性的なデザインの照明やソファーで構築された空間(写真:高橋さん提供)

4代目が作庭し、100年以上護り続けてきた庭園(写真:高橋さん提供)

程なくして現れた7代目・高橋泰さんの身に纏う雰囲気から、そのいずれにも彼の手が入っていることを速やかに理解する。そのまま、彼が手掛けた蔵見学プログラム「YAMAMO FACTORY TOUR」の順路をなぞるように、工場内を案内してもらった。歴史を物語る土蔵と巨大な杉樽、製品の研究開発に用いられる古い甕。伝統と革新が交錯する現場に、ただただ見入ってしまう。この行程も、世界に発信していくための仕掛けの一つだと言う。

とっさに、お話を伺う前に生活空間も見せてほしい、と無理なお願いをしている自分がいた。住居は蔵と直結しているが、もちろん、ツアーの行程に含まれているはずがない。なんとか承諾を頂き、7代目夫妻とお子さんが暮らす2階部分に上がらせてもらう。その生活のクオリティは、彼の仕事を支える感性の出所を示すものだった。壁、床、食器、什器、その世界観。自室には、趣味性が息づく家具の数々と、海外を巡り歩いた痕跡を伝えるアイテムがあった。創造的な人の生活と生業の深い結びつきを表す模範例と言っていいだろう。この訪問は、「芸達者」を巡る旅の折り返しに位置付けられることを察知したのだった。

巨大な杉樽はファクトリーツアーの見所の1つ(写真:高橋さん提供)

自ら造作した2階のダイニングエリア。大きなガラス窓からは働く姿が見える

真っ先に彼に問うたのは、人の感性と、“多趣味”であることとの切っても切れない関係について。身につけるもの、口に入れるもの、日々を過ごす場所にこだわるからこそ、そこで養われる感性を仕事の中にも入れこんでいく。と同時に、仕事自体が趣味であるように生業を構築することで、感性が自由に振る舞う。そうした見立てが成り立つかどうか。

完璧に同意ですね。多趣味というのは、それが浅くても深くても、感性の働きを左右するセンサーの数を増やし感度を向上させることだと思っています。

そもそも感性とは、人が人らしく生きるために欠かせないもの。言葉にすれば当たり前のことのようだが、それを彼があえて口にするのは理由がある。

生きている以上、心が動くような体験は多い方が良いと思っていて。もちろん、感性のセンサーが機能する分、苦しみや辛さもキャッチしてしまう。でも、そのリスクを取るからこそ、感動もまた生まれるわけですよね。だからこそ、多趣味に感性を働かせる方が人生は素晴らしいと思います。逆に言えば、忍耐力も必要とされるわけですが。

忍耐力。これもまた、「芸達者」な人たちが言及していたものだ。彼自身、伝統のある蔵の跡継ぎでありながら、革新の担い手として、幾つかの修羅場をくぐっている。誰に頼まれたわけでもなく、自らの感性に従うことを、彼は選んだ。「へこたれながら信じる道を行く」自分の姿が想定できていたにも関わらず。茨の道を歩むか否か、その分岐点にあるもの、選択の可否を決する要因とは、何なのだろう。

やはり、そこが美学なんです。例えば、ローカルにいると、一つの成功に対して“真似る”というやり方がとられがちですよね。“模倣”したいと思えるものとの遭遇、そしてそこに芽生える好奇心は素晴らしいものだと思います。しかしながら、一つの成功例を“真似る”に留まれば、それは進化の可能性を自ら捨てているということ。既存の枠を飛び出し、暗中模索の道なき道に身を投じる態度に欠けているという点で、どうしても幼いと感じてしまいます。ここで強調したいのは、「“真似”をした自分が許せない」と考える者が存在するということ。それが、次世代の進化を見据えた個人であり、たとえ短期的に結果が出ると言われようが、文化的進化という観点から“真似”をするという妥協ができない人種なのです。後になって心にしこりが残ることを知っていて、だからそれを許容しない。この人種は、他の誰でもない自分自身が納得する方法で、一石を投じることを願うのです。

美学、美意識、ポリシー。そして、進化。他人や世間による束縛でなく、自発的に背負い込む制約であり、自らの姿勢を律する背骨となるもの。もちろん、その維持発展には終わりなき忍耐が要求される。高橋さん自身の「美学」は、蔵や生活空間、本人が語る言葉の端々からにじみ出ている。彼の「美」の有り様の手がかりは、何度も口にしていた「美学」や「進化」という言葉の中にあった。彼が世界を度々巡っているのは、「進化には最初の一石が圧倒的魅力、言い換えれば美学を放たなければいけない」という認識があるからだと言う。

そのエリアの“震源地”となっているもの、生活や文化に影響を与えた最初の一石に興味があります。誰が、どういう想いで仕掛けたのか。新旧の文化がミックスされているような状況で、次なる進化のためにどうやって美学を貫きながら、かつ楽しみながら転換点をうまく入れ込めるか。その痕跡を見つけたいし、その進化の始まりの一石になりたい。その2番手、つまり最初の一石の波紋によってできたものには、進化の過程としては、あまり興味がないですね。

「ヤマモ味噌醤油醸造元」の属する味噌醤油の業界において投じるべき一石、あるいは進化というものは、まだ彼にも見えていないという。嗜好品ではなく必需品として生活に埋め込まれているものに対し、マーケットはイノベーションを期待しない。それでも、いや、だからこそ、「この業界にゲームチェンジを起こしたい」という想いを強くする。それは、美学以外の何物でもない。その方が面白いと思うから。そうしなければ、自分が納得できないから。経済性を優先して美学を曲げる瞬間を「日和った」と表現する。日和らず、自分の美学と進化論を貫き通すことでしか、世の中に真に価値のあるものなど生み出せない。そんな信念が見え隠れする。

表現をする上で、「この人に伝えたい」という強い“意志”は必要ですが、「分かってもらおう」「どうにかして伝えよう」という“意図”を表現に持ってしまうと、見破られると思うんですよね。「どうやったらあの人に伝えられるか」なんて小手先のことにフォーカスするくらいなら、それにかけるリソースを、自分が目指すものを追求する方向に注いで、振り向いてほしい人が「それ、やばいね」と向こうから来るような状況をつくった方が良い。家業を継ぐという、今では世界的に稀な、ある種の進化論としても、「想いを伝えたい誰か」には、そのような関係性が健全と思っています。クリエイティビティが溢れ出れば、勝手にそれは伝わるので。

入り口からの突き当たりに構える荘厳な内蔵(写真:高橋さん提供)

多趣味が育む感性。感性を鋭敏にし、美学を追い求める代償として求められる忍耐力。それらが拮抗する現場に自ずと湧き起こる創造性。高橋さんが見せてくれたプロダクト、意匠、住空間は、絶え間ないプロセスの結果であり、また同時に過程でもある。最後に、「ここは強調したいんですが」と、想いを語ってくれた。どこか、過去の自分に語りかけているようにも見える。

人って、やっぱり自分で自分の可能性に蓋をしがちだし、成功体験をばねにしてそれをはねのけるられる場合もあるけど、それでも超えられないくらい高い壁にぶつかってしまうこともあると思います。そのときに、「つまずいたままじゃない人がいる」ということが、一部の人には希望になるのだと思います。僕自身も、そういう人間であるために、自分の美学に基づいて行動したい。それが社会や世間の風潮の変革に繋がり、地元地域の進化を促すのだと信じています。

高橋さんがこれまで手掛けてきたこと、投じられた一石や進化を発見する旅のこと、ローカルに対して感じる課題意識、多方面に広がる話をじっくりと聞かせていただく。「芸達者」を訪ね歩き、このタイミングで高橋さんに出会えたことは、幸運なことだったかもしれない。そして、改めて、もう少しこの旅を続けていきたい、と思う。創造性がまさに溢れ出だそうとする兆しが、この秋田という地に点々と散らばっていること、その全体像に迫ってみたい。それが、自分自身の中で起こりつつある変化、憧れや羨望といった言葉で片づけたくない心の動きを言語化する近道だと思うから。この秋には、「ヤマモ味噌醤油醸造元」にアートという切り口が加えられるという。また来よう、と思いつつ、蔵を後にした。

肩書きは?

ヤマモ味噌醤油醸造元 七代目

自分が創造的になれる環境は?

いいルックスといい音楽があった時。

生業(仕事)と生活(暮らし)の距離は近い?

近いというよりも一体。

やりがい、手応えはどこから?

課題解決をした上で更に機能を追加し、前進できた時。

高橋 泰 / Yasushi Takahashi。ヤマモ味噌醤油醸造元七代目。高茂合名会社・常務取締役。世界を旅した経験や、建築・ファッション・音楽などを通じた文化的な視点を経営やブランディングなど多方面に活かし伝統産業再生の好例として評価される。

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